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東京高等裁判所 平成5年(ネ)3233号 判決

控訴人 藍原豊正

右訴訟代理人弁護士 田中重周

被控訴人 株式会社ユニオンステート

右代表者代表取締役 小林和子

右訴訟代理人弁護士 安田好弘

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の本件申立てをいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

理由

一  本案訴訟不提起による取消について

1  請求原因1(一)の(1)ないし(3)の事実(本件仮処分決定の発令及び執行、起訴命令の発令、第一本案訴訟の提起及びその休止満了による取下げ)及び抗弁事実(第二本案訴訟の提起)は当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によれば、第二本案訴訟は、現在裁判所に係属中であり、その進行状況は、既に双方の主張が整理され、関係官署よりの登記関係書類等の取り寄せ、提示による証拠調べが行われ、証人調べが行われている段階であることが認められる。

2  ところで、被控訴人は、本件は改正前の民訴法七五六条、七四六条二項が適用される事案であるが、右法条は民事保全法三七条と同趣旨のものと解釈すべきであると主張するが、改正前の民訴法七五六条、七四六条二項によると、債権者が起訴命令所定の期間を徒過した後でもその徒過を原因とする仮処分取消訴訟の第二審口頭弁論終結までに本案訴訟を提起すれば、仮処分はこれを取り消すことができないと解される(最高裁昭和二三年(オ)第一一号、同年六月一五日第三小法廷判決・民集二巻七号一四八頁参照)。確かに、被控訴人の主張するとおり、民事保全法は、裁判所の定めた期間内に本案の訴えを提起しないと債務者の申立てにより、保全命令を取り消さなければならないとの趣旨を定めている(同法三七条三項)が、同法がこのように定めているからといって、改正前の民訴法の解釈が変わるものではない。そして、本件は一旦起訴命令期間内に本案訴訟が提起された後、当該本案訴訟が休止満了により取下げと見做され、その後仮処分取消訴訟の口頭弁論終結前に再度本案訴訟が提起されたというものであって、一旦本案訴訟につき訴え取下げの効果が生じたとはいえ、仮処分取消訴訟の口頭弁論終結前に本案訴訟が改めて提起された以上、改正前の民訴法七五六条、七四六条二項に基づく取消はできないというべきである。

なお、被控訴人は、債務者は(通常の場合は取下げに同意しないという手段があるから)本案訴訟による早期解決の正当な期待を有するところ、休止満了の場合は右期待が奪われてしまうから、本件のような場合に再度の本案訴訟提起をもって仮処分取消の障害事由と解するのは不当であると主張する。しかしながら、休止満了は、当事者双方が出頭しないか、弁論をなさずして退廷した場合で、かつ、三月以内に期日指定の申立てをしない場合に生ずる法的効果であって、債務者が本案訴訟による早期解決に期待を持っていたとすれば、相手方が不出頭であっても、期日に出頭して弁論をするか、三月以内に期日指定の申立てをすればよいのである。ところが、本件では、前記のとおり、被控訴人は、第一二回口頭弁論期日に弁論をなさず退廷し、かつ、その後三月以内に期日指定の申立てもしなかったのであるから、本案訴訟による早期解決についての債務者の正当な期待を云々することはできないのであって、被控訴人の主張するところは、改正前の民訴法七五六条、七四六条二項を本件事案のような場合にだけ別個に解釈すべきとする根拠にはならない。被控訴人の主張は到底採用できない。

3  次に、被控訴人は第二本案訴訟は本件仮処分を維持するためにだけ提起されたもので、訴権の濫用であるから、これをもって仮処分取消の障害事由たる本案訴訟の提起とみるべきではないと主張する。確かに、≪証拠省略≫、弁論の全趣旨によれば、第一本案訴訟において、控訴人代理人は、裁判所の釈明(本件登記について控訴人本人の実印及び印鑑証明書が使用されていることについての説明)に対してその準備ができず、無断不出頭を繰り返し、弁論期日を重ねた割には実質的な訴訟活動がなされた回数は少なく、その意味で控訴人代理人に訴訟活動の懈怠があったことが認められ、また、第二本案訴訟も前記訴えの取下げが擬制されてから四箇月後(本件仮処分取消の申立ての約二箇月後)に提起されたことからすると必ずしも速やかに提起されたものとは言い難いものである。しかしながら、前示のとおり、第二本案訴訟は現在裁判所に係属中であり、その進行状況は、既に双方の主張が整理され、書証の取り調べも済み、証人調べが行われている段階にあるのであって、控訴人が右訴訟において訴訟活動を怠り、単にその引き延ばしを図っているとは認められないから、前記第一本案訴訟の経過や第二本案訴訟の提起が遅れたことだけで、第二本案訴訟が専ら本件仮処分の取消を免れるためだけに提起されたものであるとまでは認めることができない。したがって、被控訴人の右主張はその前提を欠くものとして採用できない。

4  また、被控訴人は、第二本案訴訟提起を主張して、取消請求の棄却を求めることは信義則に反するというが、判決後の取下げを除くと、訴えを一旦取下げても再度訴えを提起することは自由であるから、休止満了により一旦訴え取下げの効果が生じたとしても、被控訴人としては、通常、再度訴え提起があることを予期すべきであり、かつ、それが仮処分取消訴訟の事実審口頭弁論終結前であれば、仮処分取消ができないことになることも当然予想すべきことである。したがって、控訴人が再度訴えを提起したことが、被控訴人の正当な信頼を裏切るものであるとか、あるいは訴訟制度を濫用するもので信義則に反するなどとはいえないというべきであり、仮処分取消訴訟において、控訴人が再度訴えを提起したことを主張することが信義則に反するなどということも到底できない。被控訴人の右主張も採用できない。

5  以上みたところによれば、本案訴訟不提起に基づく本件仮処分取消請求は理由がないことに帰する。

二  事情変更による取消について

1  前示一のとおり、控訴人が第二本案訴訟を提起しており、しかも、同訴訟が専ら本件仮処分の取消を免れるために提起されたものであるとは到底認めることができないことからすれば、本件において、控訴人が本案による訴訟的解決の意図を有せず、保全意思を有していないと評価することはできない。

なお、第二本案訴訟を提起したことを主張して、取消請求の棄却を求めることが信義則に反するという被控訴人の主張が採用できないことは前示一4のとおりである。

2  以上みたところによれば、本件において被控訴人主張の事情変更があったことを認めることはできないから、これに基づく本件仮処分取消請求は理由がないことに帰する。

三  よって、被控訴人の本件仮処分取消の申立ては、いずれも理由がないから棄却すべきであり、これと結論を異にする原判決を取り消し、被控訴人の本件申立てをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達德 裁判官 大坪丘 福島節男)

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